2016年4月11日月曜日

インフルエンザ予防行動とその効果

 3月の小児科学会雑誌に面白い研究が載っていた.

園児,学童におけるインフルエンザ予防行動実践状況とその効果
日本小児科学会雑誌,120巻3号,612-622,2016年
http://www.jpeds.or.jp/journal/abstract/120-03.html#120030612

 対象となったのは佐渡島の園児・児童で,幼稚園・保育園に通園している全園児(2009/10 シーズン:1904人,2011/12 シーズン:1905人),及び小学校に通学中の全児童(2009/10 シーズン:2949人,2011/12 シーズン:2650人)であった.
 調査方法は,無記名回答式アンケートで,記載者は保護者,項目は,「年齢,現在の通園通学施設名,3月時点の通園通学施設名,インフルエンザ発症の有無,発症と判断した理由,型,時期,ワクチン接種の有無,主な予防行動実践状況,学級等閉鎖(学年閉鎖,休校,休園措置を含む)の有無,閉鎖中の外出状況」だった.予防行動は,具体的にはうがい,石けん手洗い,手指消毒,こまめな手洗い,人混み避ける,マスク着用,外出抑制の7項目が設定された.
 結果は,アンケート回収率は全体で 93.9% であった.ワクチン接種率は,2009/10 シーズンでは 59.3% ,2010/11 シーズンでは 63.5% であった.また,ロジスティック重回帰分析によるインフルエンザワクチン接種および予防行動のインフルエンザ発症に対する効果は,以下のようであった(値は,OR, 95%信頼区間の順).


2009/10
2010/11
ワクチン接種
0.28, 0.24-0.32
0.79, 0.69-0.91
うがい
1.11, 0.98-1.26
1.16, 1.01-1.32
石けん手洗い
1.05, 0.93-1.19
1.06, 0.93-1.21
手指消毒
1.05, 0.84-1.22
1.06, 0.97-1.62
こまめな手洗い
0.81, 0.69-0.93
0.84, 0.71-0.99
人混み避ける
1.16, 0.95-1.40
1.28, 1.02-1.61
マスク着用
1.26, 1.05-1.51
1.50, 1.17-1.93
外出抑制
1.44, 1.19-1.75
1.55, 1.21-1.99

 ワクチン接種は明確な予防効果がみられた.その効果は,2009/10 シーズンと2010/11 シーズンとでは比較的差があったようである.一方で予防行動は,「こまめな手洗い」でリスク低減効果がみられた以外に効果的なものはないという結果だった..一方で「マスク着用」や「外出抑制」については,「実践するとリスクが上がる」という結果が得られた.また,「こまめな手洗い」の実践率は23%と低いのが現状であり,必要性の周知が重要との筆者の意見もあった.また,学級等閉鎖時の外出の有無と外出先に関しては,学級閉鎖時に外出した園児・児童は約3割であり,多くはショッピングセンターへの外出をしていたという結果だった.

 この研究の,筆者らの仮説は,インフルエンザの予防行動が,発症を実際に抑制すること,であったと読むことができる.すでに効果が知られている「手指消毒」「咳エチケット」等(注1, 2)の他に,日本で良く推奨される「うがい」を含め,それぞれの実践が予防に役立つかどうかについて調べている.
 研究手法は,アンケートによる後ろ向き調査と,多変量解析(ロジスティック回帰分析)による影響度の評価を行っている.後ろ向き調査であり,アンケートを用いていることもあって,因果関係の存在の検証が必要となるが,アンケートの紙面上の制約もあってか,「(予防行動の)時期を詳細に問診する」ものとはなっていないようである.
 研究対象は,佐渡島の対象となる園児・児童であり,アンケート回収率も高く,選択バイアスがむやみに入り込む余地はないように思われる.複数年の調査であり,年度によるランダム性の排除も意識されている.
 データの収集については,アンケートで可能な範囲内で行われている.アンケート項目の,「石けん手洗い」「手指消毒」「こまめな手洗い」は,それぞれ重複がありそうであった.アンケートは基本的に自己申告制であるため,信頼性については疑問が生じる.また,予防行動については交絡因子の調整が困難だろう.予防行動として挙げられた7項目について尋ねてはいるものの,具体的な行動に表れない予防的実践,あるいは予防意識のようなものが効果を持つ可能性もある.そのあたりは,根本的には計測できないもののように思われる.その他,交絡因子として両親の学力レベルや収入,家族形態,共働きか否かなども影響はありそう

 全体として,多いnと高いアンケート回収率,地域網羅性があり,質の高い調査だと感じられた.根拠のある予防行動が「こまめな手洗い」であると言える状況であり,社会政策的にもさらなる手洗いの推奨すべきということになるだろう.うがいやマスク着用は,効果は認められなかった結果であり,手洗いに集中すべきということなのだろう.ワクチンの有効性は言わずもがなという状況であった.


注1 Preventing the Flu: Good Health Habits Can Help Stop Germs | Seasonal Influenza (Flu) | CDC http://www.cdc.gov/flu/protect/habits.htm
注2 インフルエンザQ&A|厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html

2016年4月1日金曜日

疫学と公衆衛生学の違いとは

 興味深い記事を読んだ.

 (核の神話:21)低線量被ばくリスク、どう向き合うか(参照


 疫学者 津田氏と、相馬市の診療所で内科所長を勤められている 越智氏の対談風の何か.司会とコメンテーター2人という構成なので、本来的にはコメンテーター同士の議論を盛り込むつもりだったんだと思うが、どうも二人とも噛み合っていない.推察するに、

  1. 津田氏はかなり変な人である(これは喋ってみるとわかる)
  2. 越智氏が疫学を理解していない節がある
  3. 司会が疫学ないし公衆衛生学を理解していない

などの理由があろう.1. はまあ、パーソナリティの問題というか、津田氏はもともとかなりの天才肌であり、かつ独特の話し方をする方である.癖がわかればそんなもんかと思えるかもしれないが、初対面で話すには苦労するかもしれない.2. については、割に致命的な問題だと感じるので以下に少々書いてみることにする.

 まず、越智氏の以下の一言.
これは疫学と公衆衛生学の考え方の違いなんですね。福島で起きている健康被害は放射能で起きているよりもはるかに大きく、緊急性の高いものです。ひとつは避難行動による健康被害。これは起きてしまったことなんですけど、病院避難っていっても、対策本部では病院の避難先を決められる人がいませんでした。病院スタッフは自分個人のつてで電話して、そこに何人送るからって必死で電話したうえで、車も入ってこないので、不十分な装備のまま、バスなどでみなさんを避難させたわけです。長距離移動や急激な環境変化に耐えられない、あるいは看護師さんも足りないですから、不十分な申し送りによって相当の健康被害が出ました。
こういう発言が、インペリアルスクールカレッジオブロンドン卒の、おそらくMPH持ちの方から出るのが大変興味深いと思う.「疫学と公衆衛生学の違い」という指摘は完全に誤りで、単に「何を議論としているか」の違いにすぎない.「低線量被曝のがんに対するリスク」の議論中に、「でも、避難の手順が悪くて云々」「家に閉じこもっている方がリスクが高くて云々」という話に展開しようとしているだけということである.津田氏は、「低線量被曝にリスクがないという、旧来のしきい値理論、あるいは誤った言説に対して、それが誤りであることを認めた上で、被曝の詳細な情報を提供した上で、住民にどう判断させるか」を問題としている.もちろん、金銭的、心情的理由で故郷に留まりたい方もおられるだろう.そこにどういう支援をしていくかは、社会がその正義に従って検討する課題である.越智氏はのちに、「リスクは相対的である」のような旨の発言をするが、言葉を補えば、それぞれの選択肢に伴うリスクとベネフィットを比較考慮して、各々のベターと思う選択肢を選びつづけることが,生きていくことに他ならない.そのリスクの中には、定量化できるものとそうでないものとがあって、医学的に重要なテーマについてはそれらが徐々に定量化されつつあるのである.小児における低線量被曝の甲状腺癌に対するリスクも、今回明らかになりつつあるだろう.その定量化されたリスクと、まだ定量化されないリスクとをすべて勘案して、ベターな選択肢を選んでいくのである.越智氏は,「疫学と公衆衛生学の違い」と言っているが,恐らく「ミクロとマクロの視点の違い」のような意味合いで使用しているものと思う.しかし,これらの二つの学問は直接比較できない全く異質なものであり,扇風機と洗濯機を比較するようなものである.公衆衛生学は疫学の知見に基づいて,それぞれの施策の是非を問うものではないだろうか.
 対話の内容に戻るが,今、「低線量被曝をしても問題ない」という誤った認識を変えるべきだというのが津田氏の主張であり、それ以上でも以下でもない.

 以下の発言も、気になるところである.
私も「no threshold(しきい値なし)」仮説は正しいと思いますし、100ミリシーベルトっていうのは昔のデータですから、日本みたいにこれだけ健康大国になってきたら、100ミリシーベルトがしきい値だとは、やっぱり思わない。
これに関しても、不正確な認識だと思うので、以下にICRPが発行するレポートの一部を抜粋する(ICRP: Draft report: Low-dose Extrapolation of Radiation-Related Cancer Risk 参照
There is no direct evidence, from either epidemiological or experimental carcinogenesis studies, that radiation exposure at doses on the order of 1 mGy or less is carcinogenic, nor would any be expected because of the considerations outlined in Conclusion 1. There is, however, epidemiological evidence, unlikely on the wholel to be an artifact of random variation, linking increased cancer risk to exposures at doses on the order of 10 mGy. This evidence includes several case-control studies of leukemia and solid cancers among different populations of children exposed in utero to x-ray pelvimetry, cohort studies of breast cancer among women given multiple fluoroscopy examinations during treatment for tuberculosis or scoliosis, with average breast doses on the order of 10 mGy per examination, and the observation that risk of mortality and morbidity among atomic bomb survivors from all solid cancers combined is linear in radiation dose down to about 100 mGy. 
ICRPが2004年に出したレポートで、すでに「1 mGy レベルでは発ガン性は判然としないが、10 mGy レベルではがんのリスク増大と被曝の関連性が見られる」という記載がある.ICRPが信じられない、という方にはさらなる説得ができないが、権威ある国際機関が2004年の時点でこのように指摘しているわけだから、「〜とは思わない」のような個人的意見のレベルではない.

 話全体を通じて、確かに津田氏の発言は現場感のないものに聞こえるし、終始「低線量被曝と発がん」という内容にのみ触れているため、「温かみがない」などという感想を抱かれるかもしれない.一方で、越智氏はここの症例ベースで、地域住民に対する配慮に満ちた発言が多く見られる.しかし、越智氏のあり方が「公衆衛生学を表している」かというと、首肯できるものではない.そのような、見た目には正しそうだが実情よくわからん、といった状況下で、良さそうなことが実際良いかどうかはわからない、というのが我々医師の苦い経験でもあり、良さそうなことも疑って、良いなら良いという理由を作り上げ、敷衍可能な形にすることが科学的な態度なのではないだろうか.「科学がすべてじゃない」のは百も承知である.
 津田氏の教室はもともと、熊本の水俣や、ヒ素ミルクなどの公害事件に関し、疫学調査を進めて検討を行う中で、「オンゴーイングな社会問題の中で、疫学がスピード感を持って科学的根拠を示し、保健衛生行政の意思決定を補助しないと、水俣と同じ轍を踏むことになる」という問題意識の元に研鑽している教室である.そういう意味で、今回の福島原発事故の件を危惧していて、早期の情報発信を行っているのである.

 どっちつかずのことを言い続けて住民の判断の拠り所を不明瞭にすることより、限られた範囲であるが科学でリスクを明確化することで、判断材料の一つとして役立ててもらう事の方が有益と感じるが、どうだろうか.

2016年3月21日月曜日

情報リテラシーの問題について.

 最近、HPVワクチンに関連して、以下のような報道が各新聞社・テレビ局・ニュースサイトであったので少しメモをしておく.

 子宮頸がんワクチン副反応「脳に障害」 国研究班発表(参照

 科学的根拠をどう解釈するかということについて、一般市民の理解を前提にすることは困難だと思うし、それはメディアの側で一定程度は行うべきと思うが、このザマであるから手に負えない.また、信州大学の池田先生という方は、どういうつもりでこういう結果を発表するのだろう.厚生労働省も、こういう研究結果を吟味せず公開するのはいかがなものか.

 池田先生のプレゼンテーション(参照


 「NF-κB ノックアウトマウスを使う」という方法論自体が、特殊な状態すぎて結果の価値を損なうという話もあるが(参照)、まず動物実験が医学における科学的根拠で、どのような立ち位置なのかを理解しておく必要がある.
 医学研究では特に、「エビデンスレベル」と称して、その研究が根拠としてどれくらい信頼できるかを評価する基準がある.全世界共通である.あまりいい参考文献がネット上に発見できなくて恐縮だが、日経メディカルの記事(参照)が最もまとまっていた.以下引用.

4)診断
1a レベル1の診断研究のシステマティック・レビュー。複数の臨床施設を対象としたレベル1bの研究で検証されたclinical decision rule(CDR)
1b 適切な参照基準が設定された検証的コホート研究、あるいは単一の臨床施設で検証されたCDR
1c 絶対的な特異度で診断が確定できたり、絶対的な感度で診断が除外できる場合
2a レベル2の診断研究のシステマティック・レビュー
2b 適切な参照基準が設定されている探索的コホート研究。CDRの誘導のみ、あるいは妥当性が分割サンプルでしか証明されなかったCDR
3a 3b以上の研究のシステマティック・レビュー
3b 非連続研究、あるいは一貫した参照基準を用いていない研究
4 評価基準が明確でない、あるいは独立でないケースコントロール研究
5 系統的な批判的吟味を受けていない、または生理学や基礎実験、原理に基づく専門家の意見

 今回我々が検討しているのは、HPVワクチンによる神経障害や脳機能障害が起こるのかどうか、という診断上の疑問である.実験用マウスによる研究は、上記における「基礎実験」であるから、エビデンスレベルは5であり、最低である.
 低いことが悪いことではなく、基礎実験の積み上げがヒトへの応用を可能にするわけだから、その点で価値のある研究ではある.一方で、「動物実験の結果を、すぐにヒトに応用するのはダメだ」ということは理解されておくべきである.

 繰り返しになるが、エビデンスレベルが低いことは、研究の質とは別である.NF-κBノックアウトマウスにおいてHPVワクチンを接種すると中枢神経に抗体が蓄積する、という知見を得たこと自体は新規性があって(多分)いいんだけれど、それをそのまま我々の意思決定に応用するのはどうよってところに違和感を持つべきであるということである.
 各報道メディアには、科学部とかそういう専門の集団がいるはずであろうし、吟味があって良いと思うのだけれど.

 正直なところ、メディアには期待できないので、少しでも市民レベルでリテラシーが向上してほしいと思う.

2016年2月19日金曜日

インフルエンザについての話題

インフルエンザウイルス感染症の流行シーズンとなりました.
今年は1月下旬からの流行で,例年より遅い流行となったようですが,医療機関には連日発熱を主訴に来院する患者がおられます.(参考

インフルエンザを疑った場合の適切な受診行動は以下です.


  1. 発熱(たいていは38度以上),頭痛,関節痛や筋肉痛などの全身症状が主体で,咳,痰などは主体となりにくいです.腹痛や下痢が出ることもありますが,胃腸炎ほどひどくないことが多いです.また,職場,学校,家族のインフルエンザ感染がある場合は,自分も罹っている可能性が高くなります.
  2. 上記の様に,典型的な症状+濃厚な感染者との接触があれば,臨床的に(症状のみで)診断することができます.
  3. インフルエンザの迅速検査は,鼻に綿棒を入れて鼻の奥の液を回収し,検査するものです.インフルエンザ迅速検査は,発熱して大体12時間以降にならないと陰性になる可能性が高くなります.発熱直後は迅速検査を実施しない医療機関も多いでしょう.
  4. このため,検査を希望する場合は12時間以上開けてから医療機関を受診することが望ましいです.
  5. インフルエンザの治療を希望する場合は,発症して24-48時間以内に投薬開始すればよいことになっていますので,「可能な限り早く受診する」必要はありません.上記の様に,検査で陰性となるタイミングでの受診はあまり得策ではないでしょう.
  6. インフルエンザは,治療薬なしでも治る病気です.抗インフルエンザ薬は,発熱期間を平均して約1日ほど短くする作用があると言われていますが,同時に副作用も良く報告されています(多いのが嘔気などの消化器症状).「1日解熱が早まることと,薬の副作用が起こる可能性」との比較が必要です.
  7. 受験生,自宅に乳児や高齢者など免疫の弱い人がいる場合,喘息,神経筋疾患,心臓病,その他考慮すべき既往がある場合は積極的な抗ウイルス薬の適応と考えられます.
  8. インフルエンザを最も効果的に予防できるのは,現時点ではインフルエンザワクチンです.

3 については,以下の様な調査が発表されており,12時間未満ではインフルエンザA型では感度 90%未満,B型では80%未満という数字です.12時間を越えれば,A型に関しては100%近い感度を得られます.(三田村敬子ら,ウイルス 第 56 巻 第1号,pp.109-116,2006)

6 について.様々な研究をまとめて評価する,"コクランライブラリー Cochrane Library"のまとめによると,以下の様な結論となっています.(小児の場合)(Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in children
Oseltamivir and zanamivir appear to have modest benefit in reducing duration of illness in children with influenza. ... Based on published trial data, oseltamivir reduces the incidence of acute otitis media in children aged one to five years but is associated with a significantly increased risk of vomiting. ... The benefit of oseltamivir and zanamivir in preventing the transmission of influenza in households is modest and based on weak evidence. ... However, the clinical efficacy of neuraminidase inhibitors in 'at risk' children is still uncertain. ...
オセルタミビルとザナミビルは,小児のインフルエンザにおいて,病気の期間を減少させる中等度の効果がありそうである.(中略) 出版されたデータによると,オセルタミビルは1-5歳までの小児の急性中耳炎を減少させた一方で,嘔吐のリスクを著明に増大させた.(中略) オセルタミビルとザナミビルの,家族内でのインフルエンザの伝播の予防については,弱い根拠に基づいた中等度の効果があると考えられた.(中略) ノイラミニダーゼ阻害薬の「リスクを持つ児」への効果は定かではない.

最後に,最も本質的ではありますが現代社会が実現できないこと.

  • インフルエンザは何もないところから起きることはありません.あなたがインフルエンザになると言うことは,「誰かから移された」ことを意味します.少々体調が悪くても学校や職場へ行くなどの行動が,インフルエンザを広げてしまう結果になりかねません.特に社会人は簡単に休めないことは事実ですが,移される側の身になって考える事も必要です.会社の偉い方,学校の先生方も,鼻汁,咳嗽,微熱,倦怠感などの感染徴候がある場合は,早めに休める環境を作って頂きたいと思います.
  • 学校の皆勤賞,会社の無理な出勤はやめた方が良いと思います.


2016年2月15日月曜日

経口補水液についての話

 上司の小児科医と話していたことですが,よく脱水に対してオーエスワンやポカリやアクエリアス,と言いますが,塩分+水分の補給であれば味噌汁やスープ+お茶で十分だということももっと知られて良いと思いました.

 オーエスワンは,ナトリウムを 50 mEq/L 含有しています.これは病院で使用する「1号液(開始液)」の半分強,「3号液(維持輸液)」よりやや濃いナトリウム濃度でした.ちなみに生理食塩水(0.9%食塩水)は 154 mEq/L ですからかなり濃い事がわかります.
 脱水の際に問題となるのは,血管内に水分を十分とどめておくことですが,これに重要なミネラルがナトリウムです.ナトリウムは NaCl の化学式で知られる様に,いわゆる食塩によって摂取できるものです.塩分をしっかりととることが脱水の補正に関しては重要となります.なお,塩分が多ければ良いというわけではなく,例えば海水は3%強の食塩水と言えますがこれは生理食塩水の3倍であり,体よりも濃いナトリウム濃度ですから,逆に水分が吸い取られる結果となりますので,濃すぎる塩分は脱水の治療になりません.

 さて,脱線しましたが,オーエスワン 500ml に含まれる塩分量は,食塩にして 1.5g ほどといわれています.これは味噌汁1杯くらいの塩分に等しいそうです(参考 pdf).

 従って,味噌汁にお茶を2杯ほど飲めば,オーエスワンと同様の効果を持つ補水になると考えられます.もちろん,コンソメスープでも梅干し入りお茶漬けでもよいです.

 ・梅干し→1~2粒くらい(参考
 ・コンソメスープ→キューブ1個(参考


 脱水が気になったら,ご飯は無理しなくていいですが,お味噌汁,スープだけでも飲んで,お茶も飲んで,ゆっくり休んで頂ければと思います.
 個人的には,オーエスワンの味は苦手なんですよね~.

2015年6月17日水曜日

救急車を有料化すべきかどうかについての話

 先日、Yahoo! ニュースで以下のような記事が掲載されました.


救急車は有料化すべきか…搬送者ほぼ半数は軽症、緊急時の影響懸念参照

 内容はガバガバなんですけど、産経ですからまあ・・・という感じです.
 救急車を有料化すべきかどうかの前に、なぜ救急要請が増えているのか、その背景への考察が乏しく、実りのない議論になっています.救急要請増加の背景としては、ひとつに高齢化の進行による医療ニーズの単純な増加があるでしょうし、マルチプロブレムを抱える高齢者が臓器別に分断された医療を施されていて、それが破綻することによる医療供給体制の問題もあるでしょうし、人口の流動性が高まって、老老介護や施設介護などが常態化すること、あるいは核家族化が進むことなどの、家族像の変化の問題もあるでしょう.

 帝京大のお医者さんがどういうトレーニングを積まれたのか知りませんが、恐らく長い間救急の初期診療などに関わりもしない人が「不適切利用が多いから有料化」なんて言っているわけで、現場感の乏しさ、医療者としての器の狭さに目を覆いたくなる内容です.一般市民、特に老老介護で体調も悪い時に「適切利用」を判断することなどできないでしょう.また、医学界が一般市民向けに十分な教育や相談窓口を提供してきたかというと、お粗末極まりないわけですから、自業自得の面もあるわけです.

 対するNPO理事の方も、ご自身の体験として苦労されたのは理解できますが、不安だから無料にしましょうという発想で制度設計できるわけではありません.資源は希少ですから適切な利用を考えるわけです.また、憲法25条を救急車制度に直接引用するのはあまりに理論が飛躍しています.

 自分はもはや、完全に医療従事者としてしか発言できませんが、それでも日々、診療をしていて患者・家族の「不安」がいかに大きいか推測はできます.(失礼な言い方になりますが)素人目線で考えることを忘れてはいけないと思います.また、日本の社会人として、少々の熱や風邪で会社を休めないというのは理解はすべきと思います.救急車や、時間外外来の不適切利用は、ただ「救急車を有料化」というような矮小化した問題提起にあてはめられるべきではありません.ましてや、患者・家族への批判となるべきではないと思います.できることはまだまだあると思います.

2015年6月12日金曜日

ランセット誌より セミナー;中東呼吸器症候群

Seminar; Middle East Respiratory Syndrome
The Lancet. 2015 Jun 03.
Alimuddin Zumla, David S Hui, Stanley Perlman. 


要旨

 中東呼吸器症候群(MERS)は、新型のシングルストランド・プラスセンスRNA ベータコロナウイルス(MERS-CoV)による、致死率の高い呼吸器疾患である.MERS-CoVの宿主であるヒトコブラクダは、直接あるいは間接的にヒトへの感染に関与しているが、正確な伝播様式は不明である.このウイルスは、2012年6月にサウジアラビアのジッダで重篤な呼吸器疾患により死亡した患者から初めて分離された.2015年5月31日までに、1180例が検査室で確認された症例(うち483人が死亡、死亡率は40%)であると、WHOからの報告がある.大部分のMERS症例は、サウジアラビアとアラブ首長国連邦で発生しているが、中東からの旅行者や、中東で患者と接した者によりヨーロッパ、アメリカ、そしてアジアでも発生が報告されている.MERSの臨床的特徴は、無症状や軽い症状から、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や多臓器不全から死に至るものまで様々である.特に、なんらかの基礎疾患のある者では重症化しやすい傾向がある.MERSに対する特異的な薬物治療は存在せず、医療施設での感染拡大防止のための、感染予防およびコントロールが極めて重要である.MERS-CoVは依然として風土病であり、低レベルの公衆衛生上の脅威である.しかし、ウイルスはヒトーヒト感染を起こしやすくなる突然変異を起こす可能性もあり、パンデミックを起こす可能性は増大している.

本文


地理的分布および調査

 2012年6月にサウジアラビアのジッダで最初の報告.その後、2015年5月31日までにWHOで把握されている症例は以下のとおり.サウジアラビア、アラブ首長国連邦での報告がほとんどであるが、その他の地域でも報告がある.アラビア半島周辺が多いが、中国、東南アジアなどでも報告がある.遠方の地域では、韓国はかなりの症例数があることがわかる.




ウイルス学

 複雑かつ専門的であるため割愛する.シングルストランドRNAウイルスであるが、ゲノム解析はされていて、特異的な塩基配列がPCRの標的として知られてる.

疫学

 まず大前提として、MERS-CoVの正確な感染源・感染様式は不明である.
 コウモリに感染するコロナウイルスとMERS-CoVが、ヒトの同じ細胞受容体を利用して感染することがわかっている.しかし、コウモリからMERS-CoVが検出された例は未だない.その他に、アラビア半島における他の動物における、MERS-CoV感染の血清学的検証を行ったところ、オマーンのヒトコブラクダでは100%が、Canary Islands (スペイン)では14%が、抗MERS-CoV抗体を持つことがわかった.一方で、牛、ヤギ、羊からはMERS-CoVは検出されなかった.

ラクダからヒトへの感染

 ラクダからの感染がMERS-CoV感染症に関連しているが、ラクダと接触した患者はほとんどいない.しかしこれは、より直接的でない方法での曝露による、交絡と考えられる.すなわち、サウジアラビアでは珍しいことではないが、ラクダの乳を未滅菌のまま飲用することで、感染源に曝露していたと考えられるのである.しかしいずれにせよ、ラクダとの接触が乏しいにも関わらずMERSを発症することは、ヒトーヒト感染が主体である可能性や、他の媒介生物が存在しており、ラクダーヒト間での感染の交絡因子となっている可能性などを示唆する.
 また、これまでMERSの発症は一年を通して報告があるが、季節性はありそうである.上記のFigure 1からは、2013年および2014年は4-5月に多いが、2014年では9-10月にも小さなピークがある.

ヒトからヒトへの感染

 ヒトーヒト感染については、疫学調査とともに、遺伝子学的調査も行われている(疫学調査:発症した場所、接点はどこか、リスクは何か、など / 遺伝子学的調査:検出されたウイルスを解析して、同じ遺伝子配列を持つかどうかで直接の伝播か、持ち込みによる感染かを確認する).感染の大部分は飛沫感染または接触感染の形をとると思われるが、空気感染やその他の媒介による感染の可能性も否定はできない.
 また、MERS-CoVの伝播には感染患者やその疑いのある患者との濃厚接触が必要とされているが、一方で実際に濃厚接触したとしても実際に伝播した例はほとんど観測されていない.R0(基本再生産数、一人の患者が何人にうつしたか)は、MERS-CoVでは0.7未満とされていて、SARS CoVが1以上とされているのに比して感染力は小さいと考えられている.

臨床症状

 MERS-CoV感染症は、無症候性感染から重篤な肺炎、ARDSを伴うものや敗血症性ショック、多臓器不全などにより死に至るものまで多岐にわたる臨床経過をとる.MERSとSARSの臨床症状の比較については以下のとおり.


 潜伏期は平均5.2日で2週間以内に発症.現時点で再生産数は1未満である.感染者は大人が多い.死亡率は40%に達しており、SARSの9.6%に比べるとかなり高い死亡率.また増悪するスピードも1週間前後で人工呼吸器管理に至るケースが多いのに比べて、SARSは11日間が平均である.
 症状として多いのは、発熱、悪寒戦慄、咳嗽などであるが、呼吸器感染症に非特異的に見られる所見である.検査としては、SARSと同様重症ウイルス感染症として、白血球減少、特にリンパ球減少が見られることがある.その他に、消耗による凝固異常、クレアチニンや乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)や肝酵素の上昇などが見られることがある.また、他のウイルスとの共感染(パラインフルエンザ、ライノウイルス、インフルエンザAウイルス(H1N1) pdm、単純ヘルペスウイルス、インフルエンザBウイルス)や、細菌感染(Klebsiella pneumoniae, Staphylococcus aureus, Acinetobacter spicies, Candida spicies)などの報告もある.
 検査は胸部レントゲン検査、血液検査、尿検査、糞便検査、呼吸器検体などを対象に行う.レントゲン上ではARDSの所見を始め様々な所見を認め得る.ウイルスゲノム等は呼吸器検体(上気道より下気道検体の方がよりゲノム数が多い)に多く、血液や糞便などにも検出されるが量は少ない.

診断

 診断には、決まった方法がある.もっぱらウイルスRNAをPCRなどの遺伝子学的検査で検出すれば感染症と考えられる.リアルタイムPCRの対象となるのはウイルス特異的な遺伝子配列で、E geneの上流(upE)、ORF 1a、ORF 1bが感度・特異度が高いとされている.
 なお、感染経路調査の一環として、上下気道検体、血液、尿、便の検体を同時に検索することが推奨されており、未だ不明な点が多いMERSの研究調査に資されている.

治療

 特異的な治療法はなく、支持療法が基本となる.インターフェロンや抗ウイルス薬(リバビリン等)、既感染者の血清中のモノクローナル抗体などは、研究レベルでの報告はあるが、未だ確固とした治療法として認められてはいない.

予防

 感染防御、感染コントロールのための方法は、飛沫対策(患者の1m以内に近づく場合はサージカルマスクを使用する)および接触対策(使い捨てのガウンと手袋の使用、適切な破棄)である.また、MERS-CoV感染が判明している患者に接するには、ガウン、手袋、眼球保護具(ゴーグル、フェイスシールド)、また呼吸器感染防御のため、必要時、規定のN95マスクを使用する.患者は陰圧個室隔離する.また飛沫核を伴うような処置をする場合は、処置室は1時間に少なくとも6回換気のできる部屋で空気感染防御を行うべきである.
 MERS-CoV感染したラクダについては、鼻炎症状を伴うこともあるし、無症状のこともある.また鼻汁、涙、糞便などからウイルスを拡散する可能性がある.感染したラクダの生乳からもウイルスを検出する.これらと接触しないようにすべきである.

未解決の事柄

 MERS-CoVが発見されて約3年が経とうとしているが、重要な疫学的情報、すなわち感染経路、病原性、そして治療法が、依然として未解決のままである.ウイルスは人獣感染症である可能性が最も高いものの、直接または間接接触、汚染された食物や加工食品などからも感染する可能性が残されている.いくつかの研究ではヒトのMERS発症とラクダからの感染の関連性が示唆されているが、その起源や地理的分布、正確な感染様式、コウモリ、ラクダそしてその他の動物のMERS-CoVとMERS-CoV様感染症とヒトとの関係(relationships between MERS-CoV and MERS-CoV-like infections in bats, camels, other animals, and human beings)など、不明な部分は多い.
 以下の一文は、どう理解すればいいのかよくわからない.”The sporadic nature of many cases of MERS has hindered in-depth case-control studies and investigation of rates of secondary transmission, including establishing the role of subclinical infection in human-to-human transmission.” 散発的な症例報告があるが、二次感染率や不顕性感染であってもヒトーヒト感染するのかについては不明であるということか(散発的なため、十分な解析ができない、ということだろうか)?
 MERS-CoVはヒトーヒト感染を起こすのに十分な感染力がないため、パンデミックを起こす状態ではない.どれくらいの間、ヒトへの持続感染を起こすかがわかれば、ヒトへの適応能の評価ができるかもしれない.動物モデルを使って、重症感染症の病態解析を行う必要性もある.コロナウイルスは遺伝子変異率が高く、アラビア半島の国々でMERS-CoV感染症は発症し続けているため、これらの研究は可及的速やかに進める必要がある.パンデミックを起こしうるMERS-CoVが出現する可能性を視野に入れた取り組みが必要である.