肩書がついに,医師となった.なんというか社会人になるということ自体への,あるいは医師としてマジで責任を負うことについての感慨というより,「労働者として,ある団体に所属する」ということの「ポジションフリーでいられなさ」というか,社会の一員となってみたときの,社会のみえかた,などに非常に感慨を受ける今日このごろである.まだそういう余裕があるからいいんだけれど.
わたしが所属しているのは,とある大きな医療法人グループの病院である(こう書くだけで,わかる人はわかるし,知らない人でも適当にグーグル検索すればわかる).大学病院,あるいは公立病院などに勤めたことがないし,そういう立場を想像するには限度があるけれども,医療界の「常識」として自分の立ち位置が普通じゃないのはわかる.全体的にみると,嫌われる傾向の多いグループなのである.
自分自身の苦慮として,どの病院で研修すべきかというのはあった.このグループに属することは程度の多寡さえあれ,一定数確実に嫌悪の目で見られるというのは事実である.そういう選択肢は自分にとってどうなのか,悩んだ.最終的にはここに来ることを自分で決めたと思う(本当に,自分の師匠と思っている人にまで反対されていたので,決断は自分でしたと思う).
医療界,あるいは医師という界隈は,必ずしも一枚岩ではない.同一の職業であっても様々な集団があり,それぞれが自分にとって有利なポジションをとるのである.大学に所属していれば大学,各教室,大学病院,関連病院という世界から日本をみるのである.済生会には済生会の,日赤には日赤の,日本のみえかたがあるのである.実際のところ,大学や医師会などといった集団が,医療界の大きな声を形成する.今回はこのような集団から完全に決別するような集団に属している.それはある意味ハードであるんだけれど,見え方がガラリと変わって大変興味深く思っている.
県医師会の話を聞く機会があった.お歴々が話をする中で興味深い一節があった.
「日本の医療は,医療従事者,特に若い医療従事者の涙ぐましい努力によって支えられている」医師会としては,そのような労働環境を是としているという風にしか見えなかった.しかし,どうしてこのようなことを認めてしまうのだろうと思う.職能団体としての能力の低さ,とるべきポジションの不明さなどが際立つ印象的なセッションであった.
なかなか見えてこなかったものが,見えてくるようになるのを楽しみにしている.
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