2016年4月16日土曜日

福島の甲状腺がんの動向についての話

 昨年の津田先生の論文は、非常に大きな物議を醸した点で有益であったと思うし、県・国が集めたデータをまともに集計・解析して、英語で世界に発信した点で重要だったと思う.データがあっても解析しない・国内のみにとどめておくということをしているのはよくないのでね.
 こうやって公にしたからこそいろんな批判・議論できる.主だった批判をメモ的にまとめておこう. 


  • 福島甲状腺がん罹患率50倍に関するレビュー(試論) - ビーストの日記(参照
  • Epidemiology誌の津田敏秀氏の甲状腺癌の論文について : EARLの医学ノート(参照
  • 「福島の甲状腺がん50倍」論文に専門家が騒がないわけ(上) : Global Energy Policy Research(参照

 だいたい批判の対象になっているのは、以下のようなものにまとめられるだろう.

  1. 甲状腺がんの潜伏期間が4年というのは妥当か.
  2. 「甲状腺がんが 30-50 倍」はスクリーニング効果ではないか.
  3. external comparison の対象として、「国がんの甲状腺がん罹患率」を用いているがそれは妥当か(発症とスクリーニングによる診断の違い).
  4. 甲状腺がん、特に乳頭がんは予後良好なのでスクリーニングすることが間違い.
 まず1. について.小児甲状腺がんを検討する際、教科書等に潜伏期間は明記されていないのが現状だけど、CDCでは以下のようなレビューを出して、甲状腺がんの潜伏期間について報告している("小児"甲状腺がんでないことに注意)(参照).
D. Thyroid Cancer
 For thyroid cancer, direct observations or estimates of latency for 9/11 agents (Latency Method 1) or other agents (Latency Method 3) are not available in the literature. Also, the Administrator was unable to find recommendations on minimum latency from other authoritative sources [Latency Method 2]. Therefore, the Administrator has decided to rely on estimates of minimum latency based on the statistical modeling of risk for associations between exposure to low-level ionizing radiation and thyroid cancer of 2.5 years [Latency Method 4B]. Therefore, based on the best available scientific evidence and following the methodology presented in this revised White Paper on Minimum Latency and Types or Categories of Cancer, the Administrator selected a minimum latency of 2.5 years for use in the evaluation of a case of thyroid cancer for certification in the WTC Health Program. For a cancer occurring in a person less than 20 years of age, see Section III,E.
 上記では、潜伏期間に関する直接的な報告がないため、統計的な推定による潜伏期間を計算し、最小の潜伏期間は 2.5 年としている.なお最後の方に「20 歳未満に関しては〜」というくだりがあるが、20 歳未満の小児がんについても後述してあるが甲状腺がんについての直接的な記述はない.
  潜伏期間が 4 年だというのは、確かに短すぎる印象を持つのは主観的には事実なのだけど、その「4 年」の比較対象がこの世に存在しなくて、CDC の推計は上のように発表されているので、その推計に対する批判をするのが合理的と思われる.この推計、どうやったのかよくわからないけれど.

 すなわち、「4 年であるという根拠もないんだが、4 年じゃないというのは一体何を根拠に言ってるの?」ということになる.剖検で 3 割以上に甲状腺がんがあったという報告があるらしいけど、小児の話ではないので無効でしょうから、意味のある批判になっていないと思う.

 2. について.これについても、比較がないのでどうしてそんなに批判できるのかよくわからないんだけど.韓国でのスクリーニングの報告(参照)は結構有名で、かつスクリーニングの意義を問う重要な報告でした.これを根拠に、スクリーニング効果を言っているに過ぎないのでは、という批判がある.また、韓国の報告ではスクリーニング対象がかなり低く(10% 台)、スクリーニングのカバー範囲が増えるとそれだけ、甲状腺がんと診断される率は上がるとのことで、福島のスクリーニングは 8 割前後のカバー範囲のため、韓国の報告(約 15 倍)よりはるかに高い 50 倍だって、スクリーニング効果の範囲内でしょうということ.

 これについてはその通りかなとも思う反面、わからないところもある.カバーが広がると incidence も上昇するということが観察されたらしいが、それがよくわからない.スクリーニング対象がほとんどランダム(つまり、甲状腺がんが多そうな人口を選んでいるわけではない)であれば、真の甲状腺がん罹患割合は不変のはずで、スクリーニング陽性割合も変化がないのじゃないかと思うんだけど、どうなんだろうか.

 あと、この文章って単なる(といっては失礼である.NEJM だから!)Perspective の一記事であるためか、年齢別のデータもないし、査読も入ってるのかよくわからないんだけど、それって議論の比較根拠としてどこまで有効なんでしょうかね.

 3. は当然ダメだと思うんだけどw このへんは津田先生もわかってやったんじゃないかと思う.というか、前述の韓国の例も、「15 倍」というのは、スクリーニング前 vs スクリーニング後なので、症状ありで検査して診断されたやつ vs 無症状でスクリーニングにより発見されたやつの比較になっています.そういう意味では同じ舞台で戦っているとも言えなくないな!それっていいのか、NEJM も許したからいいのかな・・・.

 韓国の発表は採用して、津田先生のだけは 3. について批判するっていうのは普通にダブルスタンダードでよくわからないなと思う.
 ちなみに上述の通り、韓国の報告は全年齢人口での話なので、今回の津田先生の発表は小児のみを対象としているから、同じ俎上には載せられないのは当然でしょう.甲状腺がんが最も多い年齢は 60 歳台以降ですしね(参照).

 あと余談ですが、「エコーの技術革新による過剰診断じゃないの」という話があるが、まあこれはやってみるとわかるんだけど、甲状腺エコーはかなり簡単な検査なので、5mm という大きさなら本当に余裕で見つけられると思う.確かに最近のエコーはめちゃくちゃきれいに見れるんだけど、それが生きるのは心エコーとか腸管エコーとかではなかろうか.現に、自分が勤めてる病院では20年以上前のエコーがあるけど、普通に腎臓とかきれいに見れますよ.まあ、エビデンスの話しているのになんでこういう当てずっぽうな批判が混じってるのかよくわからんけど.

 4. について.甲状腺がんは確かに予後良好らしい.頸部腫瘍の教科書では以下のように記述されている(以下、乳頭がんについて述べている 参考:Cummings Otolaryngology Sixth Edition).

Long-term follow-up is monitored with thyroglobulin levels, physical examinations, and ultrasound. The long-term prognosis is excellent, and survival rates are greater than 95%. However, children under 10 years of age have a higher risk of recurrence and mortality. Other risk factors for recurrence include positive family history of thyroid cancer, large tumors, and extracapsular invasion.
ちなみにこれは、小児の甲状腺がんの章での記述.大人に関しては
Most patients with papillary carcinoma do well regardless of treatment. 
一行目からこんな感じなので、ノリが違うことがわかる.まあそもそも、どんなに発育速度が遅くても、子供と大人では平均余命が当然違うわけで、「予後良好」の定義が違うんですよね.予後良好だから過剰診断だ、という批判は、小児に関しても言えるのかな?


 いろいろと議論をすることは、知見の整理になるし、興味深いことでもある.一方で我々医療従事者がこういう知見をどのように利用していくかということも考えたほうがよい.「放射線って子どもの甲状腺がんを増やすんじゃないの?」という疑問に立脚して、より安全な立ち振る舞いを考えたいというのが根本にある調査である.スクリーニング効果を放射線の効果だと混同して、危険を煽ることはよくないことなんだけど、でもオンゴーイングに起こっている健康問題について、「完璧な調査」はそもそも無理なんだと思う.また、研究仮説というのもそもそも「価値中立ではない」ことを理解しないといけない.批判ばかりをしていると、何かと中立であるべきと思ってしまうし、できれば中立なのがいいのかもしれないが、仮説を立てる段階で「放射線って甲状腺に悪いのでは?」と思わなきゃ始まらない研究だと思う.抗菌薬の適正利用、とか、人工呼吸器の正しい利用、とかいうのは、価値判断をしなくて済むので(どう考えても正しい話なので)、深く悩まなくて済むんだよなあ.

 津田先生の教室は、そもそもが水俣やカネミ油症などの公害などなどの疫学調査に端を発した教室で、医学会が「水俣の汚染と人々の健康被害の因果関係は定かではない」と言い続けたせいで、みすみす被害を増やしたという歴史に根ざした研究をやっているところです.当然、この教室が発表する研究は価値中立的ではないと思う.こういった価値観に関する議論は副次的だと思うので(すなわち、津田先生自身の考え方や発言の仕方を批判することは本質的でないと思うので)、そのへんは抜きに批判的吟味することが有益だと思いました.

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