我が子に予防接種をさせる前に その4:日本の予防接種政策の根っこにあるもの
個人的見解の要旨としては,
- dmburg氏が抱く不安の感覚は当然のものと考えるが,マクロにみたリスクベネフィットと,個人の行動決定の判断材料とは,区別して考える方がよい.
- 事実としてワクチンに伴う副反応の確率は,低いといっていいだろう.一方でワクチン自体が「健康な人に接種される」性質のものである以上,許容されるリスクは一般的な医薬品等に比較して低いだろう.以上の前提で,仮に現状と,ワクチンゼロの世界を比較可能であった場合に,死亡率等の改善という意味で,前者の方がより良い結果を残すのはほぼ確実だろう.
- ただし,現実の科学の方法では,上記のことを証明することはほぼ不可能である.
- 証明できないが,「今も罹患している人がいる」状況があり,どう決断するかが問われている.
また,悪口のようになってしまうが,
- 岩田健太郎氏の応答は,科学云々の高度な話の以前に,OSCEレベルでどうよと言いたい.
- dmburg氏の疫学知識の不足を垣間見る場面はあったものの,非医療者である氏に「疫学を学べ」と言う態度は「正直,ねーよ」と言うしかない.
議論はかなり長期化しているようで,論点の散逸もみられる.ワクチンを拒絶したい根底にあるのは,以下のような事実および言論であろう.
- ワクチンの有用性の問題.これについては,実証されている部分もあるし,されていない部分もある.
- ワクチンの副反応の問題.dmburg氏が最も懸念しているのはこの点にあると思われる.健康な子に接種させて,万一のことがあれば,というごく個人的な不安から,副反応に関する十分な知見が不足している点(ワクチンとASDの関連等),公開されている知見の信憑性が低い点等を指摘している.
- 病気への認識.「麻疹って死ぬんですか(参照)」といった疾病の及ぼす影響の理解が不足している点はあった(まあ,一般人としては普通だろうが).これは簡単にデータで示すことができる.
- 過去の出来事.厚生労働省(および,旧厚生省)や専門家集団への信頼性の低さがある.これは,私自身少なからずあるので,個人的見解としては擁護してよいと思っている.
インフルエンザワクチンについては,その効果についてかなり議論のあるところだということは事実である.メタアナリシスの段階では,明示的な予防効果は示せていないのが現状である.
Vaccines for preventing influenza in healthy adults. ー Cochrane Database Syst Rev. 2010 Jul 7;(7):CD001269.
Vaccines for preventing influenza in healthy children. ー Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD004879.
一方で,麻疹ワクチンやB型肝炎ワクチンに関しては,接種した場合としない場合のリスクベネフィットを考慮すれば,接種はかなり推奨されるといっていいだろう(エビデンスが示せないが).同じワクチンといっても,影響がかなり異なっており,乱雑な議論は避けたいところである.
一連の議論を方向付けるとすれば,根本的には,医療という科学をどう見るかというかなり本質的で答の出にくい問題を問う議論であるといえよう.上記のように,疫学的に記述可能な領域は限られており(日夜研究がなされているとはいえ),当面の問題を解決するのに十分とは到底言えない.ワクチンを接種すべきか,今現在子育てをする親にとって,不安を解決するための完璧な回答は未だないのである.これはワクチンに限ったことではなくて「データがないのに判断しなければならない」というのが,医療の常である.また,他のあらゆる科学技術においてもそうだろう.確証などないが,判断しなければならない."科学的に"より妥当(valid)な選択をしようとすること,これがまず一歩.次は,その不十分な選択肢の中から,われわれが選ばなければならないのである.患者やわたしたちが問題に直面し,選択肢を選ぶまでの一連を,EBM; Evidence based medicineと言うのである.かならずしも,むやみにCochraneを引くことがEBMではないのは,「Cochraneが我が子の抱える問題を解決するのか」と問えばわかるだろう.また,「ワクチンは効かない」「抗がん剤は効かない」などといった言説が,現代の科学的方法からいかに逸脱しているかもわかるだろう.明示的に言えることなど殆どない現状で,「効かない」と言えるはずはなく,「効くかどうかわからない」以上のことは言えないのである.
ワクチンを是とするか非とするかは,比較的瑣末な戦術レベルの意見である.われわれが本当に考えるべきなのは,我が子の健康や幸せといった,もっと大きな戦略レベルの話である.とはいえ戦略を完璧に語るだけの戦術がないのが現状で,どの方法をとるべきかを悩むことこそが,現代の"科学"をもとにして,わたしたち一人一人ができることなのである.医学知識は膨大であるから,ぜひ信頼のおける医師・医療者と,よく話し合ってみる必要がある.割と地味な,コミュニケーションの問題である.